TOP / 記事一覧 /がん治療によって変化する遺伝子変異|耐性のしくみと検査の現状

がん治療によって変化する遺伝子変異|耐性のしくみと検査の現状

読了時間:約10分

がんの治療を続けるうちに、「最初は効いたのに、やがて効かなくなる」という薬剤耐性は、ほぼ避けられない問題として現れます。その背景のひとつとして、治療を続けるなかでがん細胞の遺伝子が変化することが、さまざまながん種で報告されています。本記事では、治療によって遺伝子がどう変わるのか、肺がん・乳がんの代表例、そして変化を捉える検査の現状を整理します。

治療によって生じる遺伝子変異とは|多くのがん種で共通する現象

治療によって遺伝子変異が変化することは、肺がん、大腸がん、乳がん、白血病など、さまざまながん種で報告されています。これが薬剤耐性の主要な背景の一つです。

たとえば血液のがんの一種(慢性骨髄性白血病)は、BCR-ABLという遺伝子異常により発症しますが、この遺伝子により発現したタンパク質を標的とする分子標的薬イマチニブの登場により、長期生存が可能になった代表的ながん種です。ただし、治療を続けていくと変異遺伝子の一部がさらに変異することがあり、これによりイマチニブが無効となることがあります。これに対応する形で、ダサチニブ、ニロチニブ、ポナチニブといった次世代の分子標的薬が順次開発されてきました[2]。同じ「BCR-ABLを標的とする」というアプローチでも、耐性変異の状況に応じて薬を使い分ける時代になっています。

大腸がんでは、特定の治療後に耐性変異を持つがん細胞が増えてきても、薬をいったん中止すると耐性クローンが徐々に減少し、再び同じ薬を使える可能性が報告されています[3]。耐性は固定された状態ではなく、治療を変えることで変動しうるものとして捉え直されてきました。

治療によって遺伝子変異が出現する2つのしくみ

治療によって遺伝子変異が出現する経路には、大きく2つのパターンが知られていますが、それ以外にも多様な経路が報告されています。細胞増殖を促す別の経路が代わりに活性化したり、遺伝子の「使われ方」が変化したりするなど、変化のしくみは多岐にわたります。ここでは代表的な2つを取り上げます。

①既存の変異クローンが治療で選ばれる

腫瘍には、はじめからわずかな割合で耐性変異を持つ細胞が混じっていることがあります。治療によって感受性の高い細胞が死滅すると、相対的に耐性細胞が増え、増殖の主役になっていきます。最初の検査で「変異なし」と判定されても、検出限界以下のレベルで変異クローンが潜んでいた可能性があるためです[4]。

②治療を受けながら新たに変異が生まれる

がん細胞は増殖を繰り返すなかでDNAのコピーミスを蓄積していきます。治療という選択圧のもとで、特定の変異を獲得した細胞が生き残りやすい状況が生まれ、治療前には存在しなかった変異が新たに出現することがあります。

肺がんの代表的な遺伝子変異|EGFR変異とT790M

肺がんは、治療によって遺伝子変異が出現することが早くから知られ、次の薬剤開発につながった代表的ながん種です。

EGFR変異と分子標的薬

肺腺がんには、EGFR(上皮成長因子受容体)という遺伝子に変異を持つタイプがあり、ゲフィチニブ、エルロチニブ、アファチニブといった分子標的薬(EGFR-TKI:EGFRチロシンキナーゼ阻害薬)が標的治療薬として使われています。

治療後に出現するT790M変異とオシメルチニブ

これらのEGFR-TKIによる治療を続けていると、耐性が生じた患者さんの半数以上でEGFR遺伝子内のT790Mという新たな変異が出現することが知られています。このT790Mは、EGFRタンパク質分子を構成するアミノ酸の790番目が、TスレオニンからMメチオニンに変化という意味でこれにより構造や薬の効き方が変化することがわかっています。[10]。T790Mが生じると、もとの薬は効きにくくなりますが、この変異にも作用する第3世代のEGFR-TKI「オシメルチニブ」が開発され、現在は標準治療として位置づけられています[1]。

肺がんは、治療によって生じる遺伝子変異の出現を捉えて次の薬剤につなぐ流れが、早くから研究と実装の両面で進んだがん種といえます。

オシメルニチブ後にも続く遺伝子変異の出現

ただし、遺伝子変異の出現はT790Mで止まるわけではありません。オシメルチニブによる治療を続けていると、さらに別の経路を介した耐性が生じることが報告されています。代表的なものとして、EGFR遺伝子内に新たに出現するC797Sといった変異、MET遺伝子の増幅、小細胞肺がんへの形質転換などが挙げられます[11]。これらに対しては、第4世代EGFR-TKIや併用療法、別の標的に切り替える治療など、さまざまな研究が進められており、変異プロファイルに応じた治療の切り替えが課題として議論されています[11]。

このように、遺伝子変異の出現は1度の検査で全体像を捉えきれるものではなく、治療を続けるなかで継続的に追っていくことに意義があります。後述の経時モニタリングが議論されている背景には、こうした変化の繰り返しの実態があります。

乳がんの代表的な遺伝子変異|ESR1変異

乳がんも、治療によって新たな遺伝子変異が出現することが知られているがん種です。代表的なのが、ホルモン療法の経過中に生じるESR1変異で、薬剤耐性の主要な背景として研究と新薬開発が進められてきました。

ESR1変異とは

ホルモン受容体陽性乳がん(乳がん全体の約7割)では、女性ホルモン(エストロゲン)を乳がんが受け取ることで増殖します。そのためエストロゲンを受け取るタンパク質「エストロゲン受容体」が治療の標的です。この受容体の設計図にあたる遺伝子が「ESR1」です。ESR1遺伝子に変異が入ると、受容体がエストロゲンを受け取っていなくても受け取っているのと同じ状態になり勝手に増殖します。これが「ESR1変異」です[5]。

既存のホルモン療法への耐性

ホルモン受容体陽性乳がんに使われる代表的なホルモン療法には、 受容体に直接結合して働きを打ち消すタモキシフェンと、レトロゾール、アナストロゾール、エキセメスタンなどの体内でのエストロゲン産生を抑えるアロマターゼ阻害薬があります。アプローチは異なりますが、いずれも受容体の働きを止めることを目的としています。

ESR1変異が生じると、受容体がエストロゲンに依存せず自力で動いてしまうため、どちらの薬も効きにくくなります[5]。

ホルモン療法を続けることで変異が出現する

アロマターゼ阻害薬による治療を開始する前の腫瘍では、ESR1変異はほとんど検出されません。しかし、治療を続けた後の患者さんの血液を調べると、25〜40%の割合で変異が見つかるとされています[5]。治療前から微量のクローンが存在し選ばれたケースと、治療中に新たに生じたケースの両方が想定されています。

治療選択に関わるその他の遺伝子変異|PIK3CA・AKT1・PTEN

乳がんでは、PI3K/AKT経路(細胞増殖に関わる「アクセル」の信号経路)に関わる遺伝子変異も治療選択に重要です。

PIK3CA変異とPTEN消失の特徴

PIK3CA変異はホルモン受容体陽性・HER2陰性乳がんの35〜40%に見られますが、ESR1変異とは異なり、多くは最初の腫瘍の段階から存在している変異です[7]。一方、PTEN消失(「アクセル」へのブレーキ役が失われる状態)は、CDK4/6阻害薬による治療後に新たに増えることがあります[8]。

遺伝子変異の出現を捉える検査と経時モニタリング

治療中に起きる遺伝子変異を把握するには、その時点でのがんの遺伝子状態を調べる必要があります。検体としては、腫瘍組織(生検や手術で得られたもの)のほか、血液中のがん由来のDNA断片(循環腫瘍DNA:ctDNA, circulating tumor DNA)を解析する「リキッドバイオプシー」が活用されます。

保険診療におけるCGP検査

固形がんに対するがんゲノムプロファイリング検査(CGP:cancer genome profiling)は、保険診療では「標準治療が終了している、または終了が見込まれる」患者さんを対象とし、原則として1人の患者さんにつき1回の実施が想定されています。このため、治療開始前と経過中の両方で繰り返し変異を確認するという活用は、現行の保険制度の枠組みでは想定されていません。

コンパニオン診断

特定の薬剤の使用判定に必要な遺伝子検査は、コンパニオン診断として保険適用されています。ESR1変異の検出には血液を用いる検査が、PIK3CA・AKT1・PTEN変異の検出には組織検体や血液を用いる検査が用いられます。いずれも特定薬剤の投与判定が目的のため、実施タイミングは薬剤投与の前後に限られます。

リキッドバイオプシーによる経時モニタリング

現行制度の枠組みのなかで、研究段階および自費診療領域では、リキッドバイオプシーを用いて治療経過中のctDNAを定期的にモニタリングし、変異の出現を早期に捉える試みが進んでいます。たとえばESR1変異の出現を病勢進行の前に検出して治療スイッチのタイミングを早めるアプローチが、PADA-1試験[6]やSERENA-6試験[9]などで検証されています。

経時的なモニタリングは、誰に・いつ・どのような検査が有益かについて議論が続いている段階ですが、選択肢のひとつとして検討されています。

3つの検査の使い分け

ここまで紹介した3つの検査は、対象・実施タイミング・費用負担が異なり、それぞれ異なる役割を担っています。

検査実施回数対象検体結果までの期間費用負担
CGP検査原則1回標準治療の終了が見込まれる患者組織または血液1〜2か月保険適用
コンパニオン診断対象薬の投与判定の都度対象薬の使用候補となる患者組織または血液数日〜数週間保険適用
リキッドバイオプシー(自費)制限なし制限なし血液1〜2週間程度自費診療

保険診療の枠組みでは、CGP検査とコンパニオン診断がそれぞれ特定の場面に紐づいて運用される設計になっており、繰り返し変異を確認するモニタリング用途は想定されていません。経時的な変化の追跡は、現状では自費診療のリキッドバイオプシーが選択肢となります。3つの検査は置き換え関係ではなく、目的に応じて使い分ける関係にあるといえます。

まとめ

治療を続けるうちにがん細胞の遺伝子が変化し、薬剤耐性が生じる現象は、肺がん・大腸がん・乳がんなど多くのがん種で確認されています。その変化を把握することは、次の治療を考えるうえで大切な手がかりになります。

肺がんのEGFR/T790M変化、乳がんのESR1変異など、変化の事例ごとに対応する薬剤の開発が進められてきました。これらの変化を捉える検査として、保険診療内のCGP検査(原則1回)・コンパニオン診断と、研究段階や自費診療領域でのリキッドバイオプシーによる経時モニタリングが、それぞれの位置づけで運用されています。

治療経過のなかで遺伝子変異の状態を繰り返し確認していくことは、現状の保険診療では制度上難しい場面がある一方、自費診療や研究段階のリキッドバイオプシーがその役割を補う動きも広がっています。それぞれの検査の特性や費用負担を踏まえながら、自分の状況に合った検査・治療の選択肢を考えることが、納得のいく治療判断や、状況に応じた新しい治療への接続につながります。

【参考文献】

  1. [1] Mok TS et al. Osimertinib or Platinum–Pemetrexed in EGFR T790M–Positive Lung Cancer. N Engl J Med. 2017;376(7):629-640. (AURA3試験)
  2. [2] Deininger MW et al. The development of imatinib as a therapeutic agent for chronic myeloid leukemia. Blood. 2005;105(7):2640-2653.
  3. [3] Misale S et al. Emergence of KRAS mutations and acquired resistance to anti-EGFR therapy in colorectal cancer. Nature. 2012;486(7404):532-536.
  4. [4] Greaves M, Maley CC. Clonal evolution in cancer. Nature. 2012;481(7381):306-313.
  5. [5] Fribbens C et al. Plasma ESR1 Mutations and the Treatment of Estrogen Receptor-Positive Advanced Breast Cancer. J Clin Oncol. 2016;34(25):2961-2968.
  6. [6] Bidard FC et al. Switch to fulvestrant and palbociclib versus no switch in advanced breast cancer with rising ESR1 mutation during aromatase inhibitor and palbociclib therapy (PADA-1): a randomised, open-label, multicentre, phase 3 trial. Lancet Oncol. 2022 Nov;23(11):1367-1377.
  7. [7] André F et al. Alpelisib for PIK3CA-Mutated, Hormone Receptor–Positive Advanced Breast Cancer. N Engl J Med. 2019;380(20):1929-1940. (SOLAR-1試験)
  8. [8] Turner NC et al. Capivasertib in Hormone Receptor–Positive Advanced Breast Cancer. N Engl J Med. 2023;388(22):2058-2070. (CAPItello-291試験)
  9. [9] Bidard FC et al. First-Line Camizestrant for Emerging ESR1-Mutated Advanced Breast Cancer. N Engl J Med. 2025;393(6):569-580. (SERENA-6試験)
  10. [10] Sequist LV et al. Genotypic and histological evolution of lung cancers acquiring resistance to EGFR inhibitors. Sci Transl Med. 2011;3(75):75ra26.
  11. [11] Leonetti A et al. Resistance mechanisms to osimertinib in EGFR-mutated non-small cell lung cancer. Br J Cancer. 2019;121(9):725-737.

この記事の目次

Inquiries

プレシジョンメディシン
(精密医療) に関する
お問い合わせ

お問い合わせ

Inquiries

プレシジョンメディシン(精密医療)プレシジョンメディシン(精密医療)に関する
お問い合わせ

ご本人様、ご家族様。ご来院の際はご本人様以外の同伴も可能です。

お問い合わせ

回答の制限事項について
お問い合わせの内容(具体的な病状に対する診断や治療方針の指示、または本メディアの趣旨と異なる内容など)によっては、お答えいたしかねる場合がございます。

お問い合わせ